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2017年8月 3日 (木)

ホームページリニューアルに付きブログのページが変わりました。

長らくのご愛読ありがとうございました。

次回からはこちらよりご確認ください。

2017年7月17日 (月)

若き神の手中村棟梁

 棟梁と言えばある程度の年齢を想像すのが普通ですが、私たちが手掛ける構造材表しの真壁づくり、在来からの構法と独自の構法を兼ね備えた強度ある架構は、誰でも真似出来ない、他社(毎年人気のある会社の構造見学を訪問している)と格段の違いがある骨組みです。今回施工面積を入れれば80坪になる建物を中村棟梁に任命した、棟梁になる前から墨付けや刻みといった難しい作業を金子指導棟梁が任せていた、部分的とは言いながら毎回すごく良く出来ていた、そしてある現場を1棟すべて任せた結果、今までにないとてつもなく生きた架構が組み上がった、間違いとか勘違いという域を通り過ぎた本当に素晴らしいものが出来たのです。                                                                                                                               棟梁になり初めての主担当であるこの現場、この大きくて非常にややこしい架構の図面でありながら、見事な段取りですばらしい精度の高い骨組を起ち上げた、参加した20名の社員大工達も危険なことなく・怪我なく無事に進捗できたことを皆で祝ったのです。

 彼は今までの子とはっきり違いがある、解らないこと理解できないこと等、時間・場所にかかわらず徹底的に理解できるまで聞いてくるのです、ある日曜日私用で農作業をしていた時たんぼに来ての質問、いろいろ質疑応答を繰り返すうちに時間が経ち過ぎ、とうとう農作業をやめて家に帰ったぐらい応答に疲れた。(笑い 

 私も2日上棟に参加して中村棟梁の成長をこの目で確かめられた、「神の手」といっても遜色がないくらいです、又御施主様がいるからこうした喜びがものづくりにはあるのです、どうかこの御恩を忘れずに豊かな心を持った指導者になることを望んでいます。

                            

2017年7月 6日 (木)

休暇

 2年前南イタリア研修旅行に社員と供に行く予定が我が家の事情で私達のみ行けなくなった、今回女房の一声で同じところを旅することになった、一度は行って見たかったポンペイの遺跡、紀元前7~8世紀頃に構築された町並みの素晴らしさに感無量の思い、この当時から下水道(水道管は鉛管を埋設している)を完備し劇場やレストランそれに数々の店や浴場、大きな庶民の広場を中心に開けた町並みは信じられないほど整然と区画されていた、日本の縄文時代にあたる・・・・飛鳥時代最古の木造建築法隆寺が建立された(7世紀≒西暦600年)法隆寺よりも≒1300年も前になる・・・・う~ン

 ベスビオ火山の噴火により一夜にして消滅、多くの人や生物が亡くなり当時のままの姿が石膏で蘇る、まだ2~3割は発堀されていないとガイドさんは言っていた、何時しか未開の部分も蘇るでしょう、其の時又訪れるであろう心にポンペイの町を去る。

 ナポリ2泊・ローマ3泊の旅、ローマの町並みや遺跡は前回と何も変わっていないが、商店・レストランの味付けやサービス、人々の愛想の良さ、あいさつや感謝語など互いの国言葉を何処に行っても耳にする、治安もよく本当に気持ちよい人達と触れ合うことができた。                                                                        前回は衛生器具等の汚いところや便座が壊れていたりが多かったが、今回一度も目にすることなくきれいに清掃され、トイレの扉も西部劇に出てくるような短い扉はなくなり、日本と同じようになっていた、良い物への国際化がどんどん進んできたことは間違いはない、今回5泊7日の休暇は本当にのんびり出来た、日本にないものを見てそして世界で通用するソフト面など、当たり前のことが沢山あるこれからは国際化の時代、私たちが手掛けなければならないことが山ほどある、「感性のある豊かな心の若者」育成にどう結び付けるのか最後は何時もこのことになる。

2017年6月24日 (土)

ご近所様

 この時期今年も慣れないトラクターに乗り僅かあるたんぼを興した、今年は本業が忙しく1日しか空いてなくその1日に集中して昼飯も食べず作業をした、ところが近所の人が昼に帰ってこないきっと何かあったのでは・・・ということで態々たんぼまで様子見に来てくれた、川と接近しているので川に落ちているかもしれん・・・ということでした、なんとありがたいことか、その日は夜遅くまで作業をしていたら今度は手伝うということで別の方が来てくれた、そのあとも近所の方が心配してか様子見に来た、前回は差し入れまで頂いた、ありがたいことです。

親父が他界して野菜を作ってないことを近隣の方は知っているから、近隣の方々がいっぱいいろいろなものを差し入れしてくれる、おかげで野菜を沢山食べるので体重が大分落ちた、その他水が出しっぱなしとか凍結で水道管が破裂した時もすぐに連絡をくれた、本当に近所の方々には感謝しています。

 我が社が入っている総合展示場では、我が社で実際に建てたすまい手の方が展示場の案内を11名様交代でコンセルジュ戴いています、近隣の方同様に心から感謝しています、御恩返しは魅力あるすまいづくりと魅力ある組織作りに邁進して、あの会社は素晴らしいと少しでも言われる様頑張って行きたいと思っています、今後ともよろしくお願いします。

2017年6月14日 (水)

檜風呂

 16年前に建てた住まいに自社の檜風呂を設置していた御施主様よりTELあり、漏れてはいないが底が黒ずみ痛んできたから見に来て・・・、この当時は差別化を目的に檜風呂(木曽檜300年物)を意外に多く提案していた、10~13年ぐらいの耐久性と伝えていた。懐かしさもあり自ら訪れた、挨拶をする前に16年経った外観をジィート眺め施工当時を思い浮かべる、さした変わったところはないが木の板壁は年輪が出て自然と美しくなっていた、16年では塗装が早すぎると感じる・・・そんなことを想いながら呼び鈴を押す、浴槽のこともさることながら、久しぶりに施主様とお会いし、懐かしさで時間を忘れ会話が弾む、肝心の浴槽は16年も経っているのに底板の隅が傷んでいただけで周りの檜板は美しく、解体しないで底部分のみ増し張りをすることで了解をいただいた、増し張りは簡単に施工が出来、気持ち良い浴槽に蘇る。

 当時も今と同じ外断熱でペアーガラス使用のすまい、断熱材の種類が変わったが建材やクロスなどいっさい使用しない自然素材100パーセントのすまいで、ほんのりと木の香りがあり気持ち良く生活されていた。

 当時の担当が阿南美根棟梁だったので、当然阿南棟梁に行かせた、一所懸命に造ったから修理に行きたいと思うのはみんな同じ、懐かしく感じ我を忘れその刹那の境地を味わうのである、造った本人ならではの感激である。

2017年5月26日 (金)

これまためでたし?

 野口棟梁についに彼女ができた!!・・・聞いて数か月経つ

今度は続きそうな感じです、落ち着きが見られ仕事面にも出ている、内部造作もきれいです、今宇佐の現場を担当しているが今までで1番美しく綺麗に出来つつあります、私も工事中に数回足を運びました、行くたびに美しく感じるから寄りたくなってしまう、少しずつは皆進歩はしていますが、彼女が出来てからの伸びは全然違う、心にゆとりができたからか顔もやわらかくなりました、30半ばになると世帯を持たせたいと思うのは当然ですし、彼は本当にいい男です、常識を逸したことはしないし、はっきりした考えや口調を持っている好青年です、肉体は内臓もしっかりした健康体頑強な体を両親から授かっている、娘が独身の時に野口君を進めたほどです・・・、うまくいかなかったが(笑い。

このまま華燭の典を迎えられれば・・・と、願う昨今です。

2017年5月12日 (金)

めでたい

 連休明けにわが社の金子棟梁から婚姻届を提出したと聞いた、結婚するであろうとは思っていたが、数年のお付き合いの上ついにというか・・・金ちゃんは仕事は早いがこうした己のことになるとぬるい、ともあれおめでとうございます。

早速御両人と先日食事をする、素朴できれいで良く気が付く、そして話しやすい人で安心した、金ちゃんと仲の良いお似合いの夫婦で良かったと・・・帰りの車中で家内と喜んだものです。

 私たちの頃は朝から晩まで働き休みも第1・3日曜しか休みがない、休んでも道具手入れしたり鋸やノミその他を研いだりしなくてはならない、私の場合は農業を手伝わなければならないから異性との出会いはほとんどない、30歳になってやっとご縁をいただき今の女房と所帯を持つことができた、それから見ると今の人たちは異性との出会いは沢山ある、選ぶこともできる、納得して結婚しても我慢というかお互いの成長がなければ夫婦生活は続かない、簡単に引っ付き簡単に離れる、こまった世の中になったものです、可哀想なのは二人の間に出来た子供、片親よりも両親のもとが1番自然と思うが・・・?。

 金子棟梁は工業高校を出て入社13年目で所帯を持つ、我が社も既婚者がだんだん増えてきた半分ぐらいになったと思うが、こうして所帯持ちが増えればそれだけ路頭に迷わせることなく責任は大きくなる、そして社員のみんなは何時の日か自社のすまいに住みたいといっているし、それも実現させてあげたいものです、昔は『椀屋の欠椀』と言っていたが、今はちがう皆平等なのです。

2017年4月20日 (木)

新年度

 後継者育成や社員教育に何が難しいかは、今から行うであろうことに皆の意識改革が必ず必要になるのですが、考えを一つにする意識改革が1番難しいと思う。特に新入社員の改革は育った家庭環境・地域環境・教育においてもちがう、大分県は昔小藩が多く言葉も違えば考え方も違う、それをいまだに引き継いでいるようです、中学生の職場体験を10年前から近くの2校を受け入れている、距離にして4~5㎞ぐらいしか離れてなくても考えも違うし、躾は相当違う、躾のよくない中学校は先生たちも車から降りない人もいるし、迎えに来てもあいさつがない、『お世話になりました』は死語になったのか、当たり前のことが言えない、後継者育成では、当たり前のことを素直に言葉で表す又忘れないこのことが1番大事と思う。

 我が社の若者は上棟の直会などで御馳走になったあと、何か月過ぎてもその志を忘れるなと言ってあるし、本当の『倍返し』を言葉(先日は御馳走様でした)だけでなく実行に移しなさい、と何回も繰り返し言っている。16歳の頃両親からどこに行っても『お世話になります』『お世話になりました』と言わんとだめぞ・・この言葉しか唯一しつこく言われたものない、今思うとこの言葉には深い意味と思いがあるようです。若い棟梁達の意識は今日やっと開花したように思うが、さあ~今期も新入社員たちとの葛藤が始まった。

2017年3月14日 (火)

失敗だらけのすまいづくり

 社是として木の文化の継承と後継者育成を掲げて30年近くなった、社員や棟梁が育ち、着工件数も増えたので、ある程度の成果は上がったものと思うが、すまいづくりのみを考えたならば今日まで失敗だらけのすまいづくりです。1番多い失敗は技術的なことより、木材の収縮や変形のものが多い、1~5年自然乾燥していても材によっては予想外に変形する事もよくある、上方より4年物の乾燥材を仕入れて養生シートを剥がすとあっという間にヒビが出てくる、特に肌が美しいが○○産の磨き丸太は要注意、乾燥材と言われて買っても後から割れが入ったりする、木材の失敗が1番で人的なミスも当然ある。

 一作業にしても棟梁になったものが施工をすればさほど失敗はないが棟梁になる前は失敗は沢山ある、又あって当たり前と思っている、外断熱の上からのビスの止め方が悪かったりして新築引き渡しから雨漏りを起こしたこともある、似たようなことがほかにもある、何千ものビスを1本1本チェクするのは到底不可能、こういう施工をしなさいとマニアルはあるがすぐに忘れてしまう、反省会の会議でも明日になれば忘れる子もいるのが現状です、すべての人が優秀とは限らない、又協力業者の施工ミスで問題が起きたことも数ある、よその土地を拝借して叱られたり壊したり、いろいろな作業ミスがある、引き渡し時にガラスに傷が入っていたり、かべに傷が入ったり、瑕疵の場合は解り難い、しかし構造材の小屋組みに関しては100年以上長持ちすると思う又70年物の材を使って70年は当たり前のこと、仮に70年のものを100年持たせたとして30年が我が社の技術力ということになる、今は70年から200年つまり130年の技術力なるよう修練している。

 地球環境を強く思うのならば、何百年も2酸化炭素を多く固定する小屋組みでなければ意味がない、それには昔ながらの手刻み・手加工と木材の目利きできる優秀な大工のみです。

今後も失敗を重ねながら母なる大地地球を想う若者を育てていく。

2017年2月 1日 (水)

大工

 大工が全国で約40万人いる、そのうち50~60代の方が60%だそうです、残る40パーセントの中で木を見て墨付けのできる大工はほんの僅かshock、毎日木材と葛藤をして本当に木がわかるのは30年はかかるでしょう、これも確実ではない、木を見ることができるのは、ただ毎日毎日木を熟すことしかないと思います、自然の材料だから同じものは1本もない、多く経験を積むことで似たか寄ったかのものと出会うぐらい、本当に健康や省エネ・環境に良いといっても、この木材を使い熟せるまでが大変です、構造材を国産材に変えて約25年たった、大工職人の成長とともに良い木材も入手出来、昨今の技術はかなりのものと思う、木の住まいの安全性はすべて大工職人の手に委ねることになる、責任はだれよりも重いから真剣になって修業を積み希少な大工職人になって、本物の住まいを造り続けてほしいと願う。

 今年の春は5名の若者が大工修業に来る、どうか途中離脱しないで大工棟梁を目標に頑張ってほしい。